司法通訳の話1

司法通訳とは、主に刑事司法過程における日本語が通じない者の意思疎通を補助する業務を指します。

主に被疑者接見などに呼ばれますが、実はこれ、法律上の根拠は特にないんですね。一応刑事訴訟法には、「国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせなければならない。」となっていますが、条文の置かれた位置からして被告人段階での話で、被疑者段階まで義務付けたものではないと思われています(刑事訴訟法175条)。
また、国際条約でも「裁判所において使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。」を保障するようにしていますが、これも被告人段階の話なんですね(市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)の14条3(f))。

にもかかわらず、日本では被疑者段階から通訳を付けるようにしています。
警察としては後から違法収集証拠などと弁護士にツッコまれることへの予防になるでしょうし、弁護士としては被疑者の権利を擁護するため、最善の弁護活動に努めるためではないかと考えています。

要は適正手続きとして被疑者が通訳を受けることは日本の司法制度の公正性の確保の為にも必要だと思います。

以前担当した事件が終了しました。

被疑者のMさんは韓国から短期ビザで来日した40代の方でした。
ビザの期間が過ぎても不法に滞在したまま、働いていましたが、
酒に酔って暴行事件を起こして逮捕されたという事案です。

M「私、本当に何も記憶にないんです。」

被害者の方は全治1週間の軽症ということでした。
彼は以前からある抗精神病薬を投薬していて、酒を飲むと簡単に記憶が途切れる状態だったようです。
本当は酒を飲んではいけなかったようですが、付き合いで飲まされて暴れたかも知れないと話していました。

M「検事さんにも本当に記憶にないと言ったんですが、
嘘をつくなと怒鳴られてついヤッたかもしれないと答えました。
だって、ケッシン罪になったら重く処罰されるかも知れないじゃないですか」

彼が話したケッシン罪(괘씸죄)というのは、韓国語の嫌悪(괘씸)と罪(죄)が結合した単語です。
韓国では、検事を怒らせると、本罪とは別に重い刑を求刑されるという認識が蔓延っていて、
これを俗にケッシン罪と言います。

日本ではそのようなものはないわけですから、ケッシン罪の意味から背景まで通訳とは別に説明します。

弁護士「そのような罪はないので、本当に記憶にないならないと訂正してください。」

M「でもケッシン罪で刑務所に長く入るのは困るんです…。」

弁護士「ですからケッシン罪というのは日本にはないんです。」

M「でも・・・」

話しが通じません。
恐らく弁護士さんは故意がないなら争えると思ったのではないかと思います。
Mさんとしては嘘でもいいからすべて自白して執行猶予を狙って欲しいという雰囲気でした。

しかし、言葉をそのまま正確に通訳すべき司法通訳の現場で私の主観など介在させてはいけない訳ですから堂々巡りになります。

結局Mさんは既に調書を取られていたのと本人も特に争うことを望まなかったのもあって、
裁判も情状中心になり、結果として執行猶予になりましたが、オーバーステイと不法就労の方が問題となって強制送還されました。

個人的には被疑者接見においては円滑な疎通も重要ですから文化の相違から来る食い違いをフォローすることも大事ではないかと思いますが、現行制度内では難しいですね。

この事件で残念だったのは、彼の経歴から、普通に技能ビザを貰って就職することも可能な人だったということです。
仮に彼が適法に技能ビザを有していたなら、執行猶予で釈放されて強制送還されることもなかったはずです。
(もっとも犯罪を理由とする処分を受けたことが不利に審査されることはまた別の話ですが)

※本記事は、守秘義務に反しないように一部脚色しています。

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